AI不全企業にならないために

こんにちは、シバタアキラです。今年も残すところ2ヶ月となり、忙しさに拍車がかかっていますが、DataRobotの技術部門を率いるかたわら、様々なところでお話しさせて頂く機会も増えてきました(ここにまとめることにしました)。

大人の事情で前に進まないAI活用

先日は、データサイエンス協会の年次シンポジウムにお招きいただき、Yahooの安宅さん、ExaWizardsの石山さん(元リクルート)と対談する機会を頂きました。安宅さんといえば年の頭にシンニホンを発表され、データとAIを使った日本の国力強化について論じたことが話題になっていました。勝手な想像ですが、おそらく次の衆院選には出馬されるのだと思いますw。そしてそろそろ「データサイエンティスト」もメジャーな位置づけになる頃ではないかと。一方石山さんはリクルートご在籍時には国内企業でも最も早期に設立されたAIラボ所長としてDataRobotを日本に持って来て頂いた張本人です。その節には大変お世話になりましたが、ご退職後も目まぐるしく駆け回り、Exa魔法使いというお茶目な会社の社長さんになられました。その時議論させて頂いたのは、機械学習技術の企業への導入で私が日々目にしている事。AIに高い期待を寄せ、AI研究所やらイノベーション推進室やらを立ち上げながらも、技術の導入によって大きな変化をなかなか起こせない企業の課題です。

新しい技術の導入の検討のために、私も様々なAI研究所やイノベーション推進室に出向き、お話をします。熱心にリサーチしてる方が多く、DataRobotをお見せするとその凄さを理解し、強い興味を持たれます。いち早く自社に機械学習を導入したい、そのためにこのデータを用意しているので、検証を行いたい。ついては予算もあるのですぐに購入したい。このような前のめりなお客様がいらっしゃるのは大変ありがたいことです。購入プロセスが進み、初期検討が始まります。事業開発担当、事業部からの出向者、データサイエンティストや、時にはAIの開発に精通したAI職人も関わりデータ準備が行われ、DataRobotに入れると非常に短時間でモデルが生成されます。中にはすぐに大きな利益を生み出す可能性を示唆しているものもあります。「それでは今回の結果を踏まえ、今後は事業に予測を導入していきたいと思います」という結論で初期検証が終わります。

残念ながらここで「じゃ」と間を開けて、3ヶ月程してお客さんを訪問すると、残念なことに気づきます。「この前のあのテーマ、どうなりましたか?」すると少し気まずそうに「いやそれが・・・、事業部門との話が進んでいなくて・・・」もう私にはよくわかっているのですが、中身は気になるから聞いてみるとやはり少し話しにくそうにもごもごしている。ときには怒っている。なにぶん会社の中のことで、大人の事情などあると話しにくいものだし、そのような状況にいると自社特有の事案が発生していると考えがちなのですが、このようなケースは非常に多いのです。例えば:

  • モデルの精度はいいはずだが、実運用化したときにコストと見合うのか、というツッコミに良い答えが出せなかった
  • 「完璧な」精度を求める現場と、「まずは使って見よう」という導入推進チームの期待値が合わず、結局使うのは現場であるため進まない
  • インプリ段階で、現場の開発チームが自分たちの知らない新しい技術の導入に懐疑的になり、様々なテストを要求している
  • 良かれと思って解決した課題設定だったが、現場レベルでは課題に感じていなかったことで、導入意欲がない
  • 該当事業部門が自ら始めたプロジェクトではないから、明らかに低い優先順位で対応され、ほとんど進まない
  • 機械学習よりも精度が高いとも言えないが、現在誰かが担当している業務で、今までの感と経験を自動化できるはずなどないと難色を示している

などなど。複数の理由が同時に出てくることもよくあります。

なぜAIは使われなくなるのか

  1. 推進部門としても殆どの場合AI技術を使って事業改革を行うことが初めて

→ 初めから全体の道のりが見えていない。「出口設計」ができていない
→ できていないので、心構えができておらず、何か困難が起こるとくじける

よく分析をしたことがある方から指摘されることに「でも、データ準備(前処理)が一番時間がかかるんだよねー、多分80%くらいはそこに時間使ってると思う。モデルづくりとかは最後のちょこっと」というのがある。データ管理の仕方にも依るが、たしかにデータの準備は大変だ。

Screen Shot 2017-10-30 at 0.29.37

こういう事を指摘する方の多くはモデルを作って後は「どーぞー」と別部門に引き渡して終了するR&DやIT部門もしくは外部ベンダーとして関わっている方で、いずれにしてもモデルをインプリしてビジネスに導入したことがない。実際には本当に機械学習からRoIを生み出すには事業部門を巻き込み、その先のモデルの検証やリスクの理解、そして実際のインプリ・インテグレーションを行っていく必要があり、ここまで考えるとデータ準備というのはそこまで大きなウェイトではない。また既存のモデル生成に使われるツールだと、専門性が高く解釈も難しいため、後半のステップは更に困難になる。

Screen Shot 2017-10-30 at 0.30.01.png

「出口設計」と言うのは、DataRobotのお客さんでもある大阪ガスのビジネスアナリシスセンター所長の河本さんがおっしゃっていた言葉なのだが、彼の著「会社を変える分析の力」は企業でデータ活用に関わる全ての人が読むべき名著だ。

努力や投資にも関わらず、多くの日本企業はデータ分析を期待通り活用できていない。それは「(単に)データ分析する力」と「データ分析でビジネスを変える力」は異なることに気づいていないからです。

2. 推進部門はR&D部門的なコストセンターであり、金額的な成果目標を持たず、技術探求を目標にしている

→ 事業部門側もそういった部門に対して事業に介入することを期待していない
→ お互いそんな立ち位置なので、推進側は誰も粘り強く対応しない

イノベーション推進を担当する部門は事業部門の巻き込みがうまくない。ならばそもそも事業部門に話しに行けば良いのだけれど、日本の事業部門にはデータサイエンティストはもちろんIT関連の技術者が非常に少ない。それで言うと事業会社で働くIT関連技術者(エンジニアもデータサイエンティストも)が非常に少ない。なので限られた専門家はCoE(Center of Excellence)と呼ばれる専門組織に属していることが多くて、そういう組織には金額的な数値目標がない。どちらかと言うと技術をピュアに探求することのほうが目的になってしまい、モデルを作るだけで「AIを使った」気になってしまう。

安宅さんがシンニホンで訴えていたのはこのような技術探求に偏った人材ではなく「アーキテクト」や「リエゾン」と呼ばれる技術を現実課題の解決に使うことを目的にする人の必要性。

Screen Shot 2017-10-30 at 1.13.17.png

私のよく知ってる会社で言うとリクルートはこういうのがうまい。分析手法ではなく、そこから生まれる価値にKPIをおいている部隊。

3. 部門横断で導入を推進できるレベルのスポンサーが巻き込まれていない

→ なので、部門をまたぐ問題が発生したときに、状況を打開できる人がいない
→ 仮に巻き込まれていたとしても、技術に対する理解が乏しく、対応できない

現場レベルで「アーキテクト」人材が必要なのはもちろんだが、大きな組織で新しい技術を成功させる上では、より高いマネジメントレベルのイシューになっている必要がある。特に、機械学習のように直接的に様々な事業における意思決定やオペレーションに関わってくる技術であればなおさらだ。

Clock of the Long Nowプロジェクトというのがあって「1万年動き続ける時計を作るにはどうすればよいか?」という問いに答えるためにいろいろな解が提案されたのだが、そのプロジェクトの副産物として生まれたNeal StephensonAnathemという本が面白い。時が神格化されていて、時間を刻むという行為が宗教化されている。Arbreという惑星の話で、何重もの壁に囲まれた寺院では、内部に進むと1年、10年、100年に一度しか開かない壁があって、その中では聖職者がそれぞれの単位の時を刻んでいるのだ。

企業においてAIを神にして崇めよという話ではないのだが、目的を異にする部門がひしめく企業において、上からの号令はプロジェクト推進に無くてはならない要素なのです。

AI不全企業を作らないために

ところで、この記事のトップで使った写真は、私の友人Alex Dodgeの作品です。テーマに合っていたので使わせてもらったのですが、彼がこれを作ったのは10年前のことです。彼は常にテクノロジーをテーマに作品を作って来たけれど、最近も思想的にも、ビジュアル的にも優れた作品を創作しています。

彼と知り合った10年前頃私はニューヨーク大学のポスドク研究員をやっていて、ヒッグス粒子という素粒子を追いかけていました。LHCというスイスの加速器を使った研究で、半世紀未解決だった基礎物理学の大きな謎に挑んでいました。実世界にどのように応用されるのかは全くわからないけど、大きな謎を解明する。応用など考えずにそれに没頭できることに特権を感じて研究をしていました。その頃リーマンショックが起こりました。数ブロック先では沢山の人達が道に放り出されているのに、自分の仕事には何も影響がなかったことに、変な違和感を感じたのです。その時から私は、痛い思いをするとしても「リアル」な仕事をしたいと思うようになりました。自分のやっている仕事が世界に応用され、その結果がフィードバックされてくるような、そんな場所で仕事をしたいと思うようになったのです。それからはコンサルティングファームや自分で設立した会社で、自分のデータ解析力で実世界の問題を解決してきました。その経験を、今度は自分の関わるあらゆる企業のAI技術利用に活かして行くべく、活動を続けたいと思います。

もし読者の中でこれを一緒にやりたい、と思われた方は、ぜひこちらからご応募ください!