GTMを“工学”する:AI時代のレベニュー組織設計

こんにちはシバタアキラです。「明日から全ての業務においてAIを活用することを念頭に仕事して」という風潮で、私もその片棒を大いに担いでいるわけですが・・・。ドットコムバブルの時代には、「より多くの時間ブラウザーを使って」というがKPIになっていた企業があったと聞き、使えばいいってもんでもないよな、と思うわけです。

私が実務で関わる仕事にも色々な種類がありますが、実務で一番マインドシェアが高いのは営業です。最近ではSalesという言葉以上により営業活動を包括的に捉えて、GTM(Go To Market)と呼ばれたり、目的意識剥き出しでRevenueという言葉が組織名そのものになっているケースも増えています。

このような組織は主に

  • 商談創出を担当するインサイドセールス(SDR)
  • クロージングを担当するアカウントエグゼクティブ(AE)
  • チームをマネジするセールスディレクター
  • 営業オペレーションを支援する間接部門(RevOps)

から成り立ちます。SDRはインバウンド業務とアウトバウンド業務に分かれたり、AEはSMBとエンタープライズ、担当業界などに分かれることが一般的ですが、総じていうとSDRはジュニアなポジションで、経験と共にAEに昇進していくのがキャリアパスとなります。前回のブログで指摘したように、この分野でもジュニアポジションであるSDR職は特に今後AIの影響を受けて採用傾向が厳しくなっていくでしょう。

SDRとAEの役割(出典

営業活動にAIを導入するための期待値と基本的なステップ

GTM活動におけるAIの活用はCRM基盤(大概はSalesforce)の進化と共に、活用可能なデータも増えてきたことから、各種オートメーションと共に徐々に進んできました。現在AIに期待できる主なインパクトには下記の4つがあると考えています:

  • 確度の高い潜在カスタマーへの優先的なアプローチ
  • カスタマーについてより深く知るためのリサーチ
  • よりタイムリーでパーソナライズされたメッセージング
  • より精度の高い売上予測 → アクション

これらのインパクトを実現するためのコアには、

  1. 営業活動を明文化し、各ステップの要件を定義する(可能であれば、業界標準の営業プロセスを導入する)
  2. 営業活動を「科学」・「工学」するために必要なデータを継続的に蓄積する
  3. オートメーション・インテリジェンスのレイヤーを導入し、KPIをモニタリングする

ことが求められます。重要なポイントとして、AIの導入以前に「人間の仕事がどこまで構造化されているか」ですが、近年GTM組織のパフォーマンスを上げるためにSalesforceのThe Modelに基づく営業プロセスの構造化や、MEDDPICC導入による用件定義などは多くのSaas企業で標準化されてきており、AI活用に求められる基盤が整備されつつあります。

セールスプロセスを定義し、各ステージに求められている要件を明確化(出典

全ては営業が質の高いハイタッチ営業をするため

What world-class GTM looks like in 2026 | Jeanne DeWitt Grosser (Vercel, Stripe, Google) by Lenny Rachitsky

Read on Substack

この記事のインスピレーションは、先日聞いたこちらのポッドキャスト。Jeanne GrosserはStripeやGoogleで営業リーダーとして活躍し、現在はVercelのCOO。シリコンバレーで急成長するスタートアップのレベニュー創出において、積極的にAIを導入してきた経験を語っていました。

中でも印象的だったのは、彼女が最終的な目標を「自動化」や「効率化」に置かず、現場の営業が、より多くの時間をより質の高いハイタッチ営業(実際にカスタマーと話す時間)に当てられるようにするところに置いていたことです。AEの担当領域である、戦略的で規模の大きな案件のクロージングはまだまだAIに任せられないと判断しているからです。

彼女のRevenueチームにはGTM専属のエンジニアがいます。現在効果的に営業が動けていないところを「バグ」と捉え、SWエンジニアリングでいうところのスプリントを行って次々に課題を解決しているとか。実はGTMエンジニアはVercelに限らず、今年多くの企業が取り組みを始めたホットな仕事です。

今後のSWエンジニア全般にも言えることですが、GTMエンジニアに求められるのは与えられた課題を解決するためのプログラムを書くこと以上に

プラニング

  • 業務の構造を理解し、AIの適用対象となるハイインパクトなプロセスを特定

データ基盤整備

  • AIのインプットになるデータソースを統合する

データモデリング

  • AIモデルやAIエージェントを開発し、初期検証を行う

アクティベーション

  • 実業務に導入、結果のインパクトを計測し、継続的に改善
  • 現場の担当者にツールが使われるよう教育

などが求められます。

コンテクストを理解させ、売り上げ予測の精度を上げる

先端的な事例を実現するには自社開発を行なっていくことが求められますが、既に優れたプロダクトも現れています。Gongは私自身も3年ほど使っていますが、当初はZoomなどのリモートミーティングで行ったセールスコールを録画・蓄積し、検索できるツールとして重宝していました。

しかし本当の価値は、その先にありました。

蓄積された膨大な「顧客との会話データ」をAIが自動で解析することで、

  • まだ価格の話が一切出ていない
  • 決裁者が会話に登場していない
  • 競合の名前が頻繁に出ている

といったシグナルを案件単位で抽出し、「この案件は現時点では確度が高くない」といったインサイトを提示してくれます。結果として、個々の営業の感覚に依存していた案件管理や、四半期ごとのレベニュー予測が、半自動的かつ再現性のある形で行えるようになりました。

継続的な取り組みが求められる

最近のエンタープライズソフトウェア製品においては、営業が訪問せずともユーザーが自ら製品を使い始め、草の根的に広がっていくPLG (Product Led Growth)も増えています。既存ユーザーについては、製品ユーセージデータが豊富に取得できるため、さまざまな「シグナル」を見つけることができます。そこに、メルマガやイベント参加の情報なども組み合わせると、特定のアカウントにおいて、どのユーザーがエンタープライズ案件にコンバートするためのチャンピョンになりうるかなど、優先度の高いコンタクトを見つけることができます。理論的には。

リードスコアリングによるMQLの選出は古典的な機械学習モデルのユースケースの好例としても扱われてきたため、新しくもないのですが、GTMエンジニアがいない場合、データサイエンスチームが一時的なプロジェクトとして取り組み、その後のメンテナンスや改善のための追加学習、既存ツールとのインテグレーションが十分に行われず、営業チームから十分な信頼を得る前に廃れていってしまうケースも経験しました。

あらゆるAI化・AIエージェント導入プロジェクトに言えることですが、データも技術もナマモノであって、継続的に手をかけていく必要があることは取り組みを始めた企業は誰もが認識するところです。

データ統合から継続的な改善に至るまでのGTMエンジニアの仕事の多くを簡単にしてくれるツールとして、前述の出典でも触れたClayがあります。私自身はまだこの製品を触れたことがないのですが、データ基盤の整備・メンテナンス、データのエンリッチメント、カスタマーのプロスペクティング(リサーチ)、既存のコミュニケーションツールとの統合などなどが含まれており、今年ARRが$100Mを超えた注目企業です。

Clayが提案する新しいGTM組織

生成AIの進展によって、GTMの現場は「データとAIを前提に設計された組織」へと移行しつつあり、特にジュニアレベルのSDRとセールスオペレーションの間接部門はリプレイスの対象となりつつあります。

私がこの動きの中で強調したいポイントとしては、業務のAI化を行うためには担当業務を理解し、ツールを開発するだけでなく、開発されたツールが業務に浸透するまでを管理できる幅広いスキルセットが必要だということです。今後GTM以外の業務領域においても、GTMエンジニアのように、対象業務をどのように「科学」・「工学」していくのかを担当するAIエンジニアが求められます。